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2014年11月 4日 (火)

ファイナル2

忘れないうちに書いておかねばと思うことがある。

頭の中にまだ残っているJulieのお顔。

その一つは、「三年想いよ」を歌い終わって、スローモーションで走るその時のお顔。
もう一つは、「いくつかの場面」が終わった後、静かに立ちつくしたときのお顔。

鮮やかにくっきりととまだ頭に残っている。

私の席は、2階5列上手側。
もちろん双眼鏡で見つめたJulieのお顔だ。

「三年想いよ」の時。

私が感じたのは、ああ、なんて優しい顔なんだろうと言うことだった。
そして動き始めてから、その顔に哀しみが現れてきた。
優しさと哀しさの入り交じった何とも言えない美しい顔だった。
あの時、Julieは、被災者自身だったのか。
被災者にぴったり寄り添う者だったのか。
滅多の泣かない私が涙を流した。

「いくつかの場面」の時。

静かに立つJulieの顔は、それは美しかった。
清々しいくらいに自分を晒して立ちつくすJulieの心そのままだと思った。
そして、66才のJulieに天然の美を感じて、私はたいそう感動していた。

姿形も天然のまま美しい。
その後のMCのJulieも、また天然のまま美しいと思う。

こんな稀有な人を他に私は知らない。

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