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2013年5月14日 (火)

雨だれの挽歌

大千秋楽の私の席は、I列センター、Julie真正面だった。
舞台がよく見渡せるいいお席だったが、時々、双眼鏡を使った。

それで、「雨だれの挽歌」の時、涙に気づくより先に鼻水が流れているのに気づいて驚いた。

Julie、本当に泣きながら歌っていると思った。

それで歌を乱すことなく(少し乱れたけど)、私は鼻水が気になったけど、それを拭くこともなくきちんと歌いきった。

なんというか、プロだなと思った。

それにしても、雨だれがキーワードになってはいるが、あの歌詞とお芝居の内容とは直接つながりはしない。
だけど、全然違和感を感じないのはどうしてだろうと思った。

お芝居でホテルの部屋は出ない。
息絶えた虫も出ない。
あの時代メトロもない。

でも、あの歌は、新さんの心象風景なのだ。
新さんの胸は、つぶれるほどの悲しい灰色なのだ。
だから、違和感はない。

探偵1の時には、時が流れ麻里亜が帰ってくる希望に満ちた場面で終わったが、今回は灰色の風景のまま終わってしまった。
でも、「いつまでも待つだろうな」と百合子に言った新さんは、本当に待つのだろうなと、歌を聴きながら思った。

百合子を想って歌うあの強い悲しみを聴けば、絶対待ち続けるよと確信してしまう。
あちらこちらに避難していった新さんの大切な人たちも、いつかきっと神戸へ帰ってくるだろうね。

10年後の再会を想像する。

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